11月8日 身体と精神が果てしなく

身体と精神が果てしなく暗く底知れない沼へと沈み込んでいく。
浮上することも諦めるくらい、その自然の流れに身を任せることしかできない。



朝の日記は続けていたけど、どうしてもこれを書く気にならず、久しぶりになってしまった。

生きるエネルギーが枯渇している、なんてよくある表現だけど、確かに枯渇しているのをよくよく実感した二ヶ月だった。
アニメや漫画で主人公が瀕死になると精神世界的な演出で深海に沈んでいく描写がたまにあるけど、本当にそんな感じ。まあ、物語だったらそこに一筋の光が現れてからの大逆転劇がお約束なわけだけど、現実はそんなものを用意してくれない。

常にまとわりつく倦怠感と喜の方に振れなくなった心の指針。いわゆる寝逃げをしてみるも、夢が疲労を癒すことはない。わたしはいつも何かに怯え、逃げ回っている。夢か現実かの判断がつかない状態で目が覚め、悪夢が悪夢であったことに一瞬安堵するも、出来の悪い安物の潜水服を着させられているかのような身体の重さに気づき絶望するのがお決まりのパターン。そして、そうと分かっていても起きていたくなくて薬に手が伸びる今日この頃。

食欲がなくなり、料理もできなくなってしまったのでシンプルに栄養不足と体力筋力の低下があると思うんだけど、なぜ今またこんなに悪化しているんだろうか。通院するたびに薬が増えるし。

そんな日々の中でも、本が読めることには本当に助かってる。
人と会うのに早めに待ち合わせの喫茶店に行って2〜3時間読書すると、知的意欲や思考力、そしてこんな素晴らしい本に出会えたという喜びがまるで春の芽吹きのように身体中で咲き誇る。本物の花と同じようにずっと咲いているわけではないけど、それは確実にわたしのなかに生まれ、また日の目を見るそのときまで根を伸ばし続けてくれていると信じている。



最近買った本たち。
読まねばとずっと思っていたマーガレット・アトウッド
誓願』が文庫化してたのと、解説が小川公代さんだったので今だ!と買ったけど、こんなにのめり込むなんて予想外だった。(わたしの読解力の低さの問題で)
設定の作り込みや朧げな記憶と現実とが行き交う構成、統制させた状況下であっても制御され切ることのない人間の多面性の描き方、書き出したらキリがないけど、とにかくとんでもない作家であることと、わたしにこれ以上ない刺激を与えてくれる作品だということをここに記しておきたい。『ウーマン・トーキング』と同じタイプの衝撃。
というか、『侍女の物語』と『誓願』を続け様に読めるわたしは幸せ者かもしれない。
もうすぐ読み終わってしまうのが悲しい。